ボディーブローな過去
2006年10月〜12月
12/29
―オレの「恋人が障害者」アンケート―
少女単体第5回公演「恋人が障害者にお越し下さいました皆様、ありがとうございました。
いつも公演後に書いている、恒例の「オレのアンケート」を書きます。

まず、今回の公演は、「村を明かす」方法をとった。
今までにない、公演前の制作段階をネットで公開するという試みからスタートし、公演当日の受付スタッフも自分がやり、終了後のバラシも自分でやる、その入り口から出口までのすべてを公開したつもりです。(※注意・・・ロミジュリの制作ブログは、ありゃダミーだったからね)
初めて少女単体に来る人はわからなかっただろうけど、今までに来たことのある人は「いきなり苅谷かよ」と思ったと思います。
実際、チケットをもぎる時に、「今日は全部一人なんすか?」って聞かれた。
オレは、つり銭を間違えないことだけに必死だったよ。

セットらしいセットは、今回もないんだけど、今回は更にグレードアップ。照明さえも使わなかった。会場に備え付けの蛍光灯でやった。
客席もステージもない。全部丸見えだ。
ほんとんどの舞台公演は、照明だのセットだの、客席だののシチュエーションやムードに役者が依存している。
少女単体も、今までの公演では、若干だが、そんなところもあった気がする。
だが、んなもんは、所詮ハリボテだ。
今回は、そうゆうもんに一切頼りたくなかった。「中身」だけを見せたかった。
初日、2日目のスタッフは、オレを含めて4人だった。(ちなみに、最終日はオレ含め6人。)
オレ以外のスタッフは、ビデオを撮影する人一名、スチール撮影する人一名、それから、役割のなくなった照明さん一人。
オレ以外のほとんどのスタッフは、受付開始時間ギリギリに、会場に到着した。正直、冷や汗が出た。
いつもは、受付やその他、当日スタッフの仕事は、他の人に預けているので、オレは本番でやることだけに集中できるのだが、今回はそうゆうわけにはいかなかった。
脳みその中に、「スタッフのスイッチ」と、「役者のスイッチ」、「創り手のスイッチ」の、だいたい3つを用意して、その都度切り替えるように考えて、動いていた。
今はスタッフスイッチONだから、役者スイッチはOFF、という具合に、自分をコントロールして、集中力の散漫を防いでいた。
そうでもしなきゃ、不器用なオレの脳みそは、必ずミスる。間違いない。
ちなみに、本番中に客が入ってきたとき、オレは受付業務をしたが、この時、簡単なつり銭の計算もできなくなっていたのは、自分でも可笑しかった・・・なんつー不器用さだ。
しかし、今回のこのやり方、想像以上に大変なものだった。
やはり、本番当日は、スタッフの仕事はしたくないし、考えたくないのだ。役者&演出だけに集中したい。
それは本番中に限らず、創作している段階においても同じ事だが、なるべく、スタッフの仕事に時間を喰われたくないのだ。
確かに、制作やスタッフの仕事も大事なことではあるけど、でも、そんなことをしている時間があったら、もっと創作に時間をかけたいというのが本音。その方が絶対いい。
今回は、オレが負担するスタッフの量が多すぎて、肝心のことに多くの時間を費やせなかった。その点は、本当に悔やまれる・・・
今後は、こうゆうやり方はしたくない。

だけど、受付をやって面白いこともあった。
客が、まず会場のドア開けた時のリアクション。それが見れたこと。
一人、ドアを開けた瞬間、「うわー・・・」って声を漏らした人がいた。
それが正解。
ボケーっと普通に入っていく奴は、どこに目ぇついてんだ?

初日、場内には、椅子4つを固定させておいたのだが、誰も座らねぇ。みんな床に座ってた。
おいおい、土足タイル張りの床だぜ?いいのか、キミら?ノロウィルスとか気にしないのか?池袋から来たんだろ?
(公演後、オレは、腹痛と熱に3日間ほどうなされたのだが、やはり、ノロか・・・?)
2日目は、会議室っぽく、コの字型に机を並べて、椅子を揃えて置いておいた。したら、みんな机に向かって座ってた。
この日はアンケート回収率が一番よかった。「書きやすい状態」にしてあげると、みな、書く、というわけだ。
最終日は、いつも通り、何も用意しなかったんだが、みんな自分で椅子を出して座っていた。リピーターが増えたせいだと思う。
少女単体の公演では毎回見られることだが、集団心理というのは面白い。一人がやると、みんなやる。そして、それが「常識」になる。
初日は、床に座るのが「常識」であるのに、翌日では「非常識」になるのだ。同じ場所なのに。

あとね、「公共ホール」という場所に、誰か突っ込みを入れなさい。
場所がおかしいだろ、どう考えても。場所が。バリアフリーとは言えさぁ。
オレは3日間、ヒヤヒヤだったぜ!
ただでさえ、事前に苦情を喰らっている身の上。とにかく、外面だけは良くするように心がけた。
会場の職員は、この部屋でどんなことが行われるのかも知らず、せんべい食べながら仕事してるんだろうからな。
しかし、後ろめたいってイイね!やっぱり、親に言えないことをこっそりやるに限るね!
公演終了後、職員のおばあちゃんに「良いお年を〜」と満面の笑顔で言われたとき、オレは、とてつもない後ろめたさを感じた。
オレは、まだまだ若い。まだまだやれる。そう感じた。

あと!インスタレーションにも、もっと突っ込みを入れろよ!アンケートでそれに触れてたの、たった一人じゃねぇか。
なぜわからんのだ。節穴め。
あの神がかり的なハムスターのIN、あれは奇跡だぜ。
なんでこうゆうのがわからんかなー。
これ、オペで映像流すなら簡単にできるけど、ノーカットの素材を垂れ流してるだけの状態で合わせようと思ったら、そうそうできないぜ。
表向きには地味だけど、こうゆう奇跡的な瞬間の凄さが、なぜわからないんだ。
現に、最終日は思いっきり狂ってた。初日、2日目は、抜群のタイミングだったのに。
そして、この空間のキーは、まさにコレなんだよね。
解らんのかなぁ、こうゆうの。

今回は、今までの少女単体の中では、一番わかりやすくやったつもりなのだが、これでもまだ解りにくいのだろうか?
「わからん」という感想が結構あったのが、意外だった。
解りやすくやろうか、やめようか、直前まですごく悩んだが、当初の予定通り、解りやすくやることを選んだ。
だけどね、これ以上解りやすくやるのは、オレには無理だよ。
そんなことをしたら、悪循環で、みれない客がどんどん増える一方だからの。
悪いが、オレは、金だけ払ってその場に行って座ってりゃ、何かが得られると思っている客に向けて、何かをやる気はないんよ。
それが客というもの、と言われても、そんな常識は、少女単体には、ない。
うちは、レストランじゃねぇんだよ。

で、気になるところだと思うけど、あのジジィと私の関係ね。
公演中に言った関係が、本当だよ。
で、彼の人となりも、公演中に言った通り。
彼にあの役を作って与えたわけではないし、台本も渡していない。だいたい、まったくの素人なので、台本に合わせて何かできるような技術は、ないのだ。
だって、「恋人がサンタ・クロース」の歌の合の手さえもできないんだぜ?演技なんかできるわけないだろう。
彼には、公演の内容を一切告げず、ただ、当日、その場に居てくれとしか言わなかった。
そして、本人もそれに同意したため、使った。それだけです。
映像も、メールも、すべてホンモノです。
メールは、本当に当人から届いたもの。
映像は、ヤラセで撮影したものではなく、すべて、真実をそのまま収めたものです。それを使っただけ。一切、編集したり、手を加えることはしなかった。
編集をしないことで、「映像の嘘」や、「ディレクター主観」を排除するという方法。
編集して何かつくるのは、映像作品でやればいいこと。うちはライブなので、ライブを生かすのに一番効果的な方法をとったというわけです。
補足・・・「ドキュメンタリー」の手法とは違います。ドキュメンタリーってのは、事実を記録したものを編集した後に作品にしたもののことを指すので、今回の公演のように、テープをそのまま流すって手法とはちょっと違うのよね。
しかし、まだまだ使いたい部分、言いたい事が山ほどあったのだが、時間の都合上、要点を絞る他なかったのが残念・・・
あと、もっと、「そのまま流して」とかリクエストが来るかと思ったが、今回の客は静かだったな。

さて、この公演で、オレが一番理解し難かったのは、「ジジィが3日間来た」ことである。
公衆の面前で嘘を見破られて、自分が卑怯なことをしていたことをバラされ、否定に否定を重ねられ・・・そうまでされて、よく恥ずかしげもなく、翌日出てこれるもんだ。
ジジィのついた数々の嘘や、ジジィが自らの障害を利用して人を騙していること、そして、オレがこのジジィを嫌いだということ、それは、事実であり、現実である。
それなのに。
毎夜、公演が終ると、「家に着きました。明日、ヨロシク!」というメールが、ジジィから届いた。
それが一番気持ちが悪かった。
どうゆう神経をしているんだ。
意地になって、無理をしてやっているような感じではなかったし、責任感から来る行動にも見られなかった。(責任感のある人は、2時間以上遅刻して平気な顔なんてことは、在り得ない)
まるで、本番で起きたことがなかったことのように、平然とメールしてきて、翌日、のこのこと現れるのだ。
本番中にも言ったが、その神経は、理解できない。
自分が現実でやった行為をどう思ってるのか。
公演で、表現をする場所で、ネタにされれば、それで済んだことになるのか。それはもう現実ではなくなるのか。
ジジィ、さすがに、初日が終った後は、思いがけない事態に、顔を真っ赤にして半泣きになっていたけれども、それでも、オレが、「泣くな!男だろ!」と一喝し、「明日も来るように」と言ったら、普通に来やがった。
普通の人間なら、恥ずかしくて来れないだろう。
実際、「ロミオとジュリエット」のロミオ役の男は、そうだった。
オレは、ロミオを傷つけ、惑わせ、追い詰めた。その結果、ロミオは逃げた。そして「関係ない」と言った。
それが「普通」だと思う。(最低に情けないリアクションではあるが。)
今回の公演と、前回の「ロミオとジュリエット」は、構成を似せて創っていて、いつもの少女単体の「オレ単体」なシチュエーションではなく、「オレ+もう一人」という骨組みを取っている。
制作発表会でも言ったけど、今年は、そうゆう構成での公演をやる、という年だったのだ。
その理由は、今年の初めの「ロミジュリ」で、自分が納得いかないものを創ってしまったということが原因している。
どうしても、もう一度、同じ構成で、今度は納得のいくものをやりたかった。
そうでなければ、自分はもう続けられないと思っていた。
というわけで、同じ構成での公演を考え、次のターゲットを探したていたところ、このジジィが当ったというわけだ。
オモチャは同じ。「相手」だ。誰でもよかった。料理するだけだ。
この二人の場合は、入り口も同じ。
ロミオと障害者のジジィ、二人とも、元々少女単体のファンで、向こうからオレに近づいてきた男である。
逃げたロミオに対し、平然とやって来る障害者ジジィ。
オレの攻め方に少々の違いはあるものの、否定に否定を重ねたのは同じ。しかし、二人のリアクションは両極端であった。
普通のリアクションとしては、ロミオだ。
障害者ジジィのリアクション、それは、オレには理解できない。気持ち悪いし、不気味だ。
そうまでして、人にチヤホヤされたいのか・・・?
オレが本番中に言った、「腹が立った」という内容は本心であるのに、それがまるで解っていない。
自分の何が他人を腹立たせているのか、それを考えもしないで、平然としていられることは、理解できない。
間違えて欲しくないのは、これによって、健常者と障害者の比較を出したかったというわけではないからね。
だけど、こうもリアクションがハッキリ分かれると、まるで比較対象だと誤解されてしまいそうだなぁ・・・。

ともかく、今のオレの素直な気持ちは、もう、今後、このジジィの汚いチ○ポを触って、オシッコの世話をしてやらなくても済むんだ、よかった。である。
本当にせいせいしている。
上演中にも言ったが、公演までの間、我慢してこの人の介助をすることが、本当に嫌だったし、腹ただしかった。
オレは、もう、このジジィの顔は二度と見たくないし、介助もしたくない。
もう、障害者と関わるのは、ごめんだ、というのが本音である。
オレは、やっぱり障害者が嫌いだ。
それが、今回の公演で感じたこと。素直な気持ちだ。
(※注意・・・この公演において、オレは、「先入観」でものを言うことになっているので、彼一人をみて「障害者」と指す。)

ちなみに、観客動員数は、過去最低だった。
今までの3分の一以下の動員数。
「ロミオとジュリエット」の平日一発公演より、総動員数が少なかった。
少女単体始まって以来の、大赤字である。頭が痛い・・・
要因は、やはり「Next問題」であると言えよう。
うちは、9割の客を「チラシ」で入れているので、この「Next問題」は大きな痛手となった。
チラシでの宣伝ができなかったことが、今でも本当に悔しい。
どうにか知ってもらわねばと思い、興味を引くようなブログを書いたし、街頭宣伝にも出たし、有料広告も出してみた(もったいねー!)が、それでも宣伝が弱かった。
少女単体は、やはり「チラシ」しかないのだ。
逆に、今までいかに効果的なチラシを創っていたかということが、改めてよくわかった。

でまあ、今回、割と公演自体を受け入れてくれたお客さんが多かったように思う。
一人だけ、「弱いものいじめは最低です」って、バカな人からメールが届いたけど。
うーむ。なんか、つまんないね。
客ウケがいいと、オレはまた、「膣」みたいなのがやりたくなっちゃうんだよなぁ・・・
ま、精神力と体力があれば。
まだまだ少女単体は続くのでな。
演劇はもうやめるけど。
そうそう、今回のお客さんからのアンケートでNO.1は、「人間一人は重い」と書いた人!笑った!本物の「感想」を読んだよ。この一言。あなたはセンスがある!
何かをみた直後に、センスのある感想を書ける人には一目置いている私です。
皆さんからのアンケートは、宝にしておりますので、なるべく、公演後のアンケートにご協力頂けると嬉しいです。

ちゅーわけで、次は演劇じゃない場所でお会いしましょう。またねー!

PS:場内の的屋、また、セグウェイ・プロに関しては、あえて何も触れません。ヨロシク。

12/18
オレ、演劇やめます。
理由は、色々。今、書いてる暇ないから、間に合えば、当日パンフにでも書きます。
ちゅーわけで、「恋人が障害者」が事実上、最後の演劇公演になると思うので、まだ、うちのステージみたことないって人は、これをお見逃しなく、ということで。
少女単体を辞めるわけじゃないので、そこんとこは、ヨロシク。
ま、詳しくは、公演
で。
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=封書でのダイレクトメールをお受け取り下さった皆様へ。お詫び申し上げます=
「恋人が障害者」の公演案内を封書にてお受け取り下さった皆さま、郵送料が10円不足した状態でお送りしておりました。
後になり、お客様からのご指摘により、気が付きました。
大変ご迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ございませんでした。心より、お詫び申し上げます。
今回の公演にお越しいただける方には、受付にて、不足分の10円をお返しさせて頂きます。お手数ですが、受け付けスタッフに、お名前をお申し付け下さい。
また、今後の公演でも、今回の不足料金のお返しは続けてまいりますので、今回の公演にお越し頂けない方で、またの機会がございます際には、その旨お申し付け下さい。
このような対応しかできませんが、他に良い方法が思いつかず・・・、このような処置にて、どうぞ、ご容赦下さい。
このたびは、大変ご迷惑をおかけしまして、申し訳ございませんでした。重ねて、お詫び申し上げます。
今後、このようなことがないように、十分気をつけてまいります。本当に、ごめんなさい。

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=12/10発売の「サンケイスポーツ」の記事に「ついて=
12/10発売の「サンケイスポーツ」紙面にて、少女単体の「恋人が障害者」を取り上げて頂きました。
この記事内において、事実と反する内容の記述がありましたので、この場にて、その否定を申し上げます。

記事内の以下の一文、
―苅谷は言う「身障者と呼ばれる人々も性に対する欲望はあるんです」と。―
とありますが、これは、まったくの事実無根です。
私は、このような発言をした覚えはありませんし、絶対に口にしない言葉です。
この文章は、この記事を書いたライターの主観であり、脚色です。私、苅谷の発言ではない、ということを、明確にこの場で宣言します。

マスメディアを通した宣伝は、その「媒体の制作者」が受け取り手に紹介するものとなるので、「表現者」が客にダイレクトに伝えるものとは異なってしまう、という事実があります。
今までも、少女単体、及び苅谷文個人としても、テレビ番組や雑誌等のメディアに出演した際、あからさまな嘘を報道されたり、制作者の主観や意図による構成で、偏った伝え方をされてきました。
しかし、マスメディアに登場するという限りは、一枚噛ませた状態になるのは仕方のないことですし、その媒体の制作者の主観や方針などが加わってしまうため、本人とのズレが生じることは必然であり、それを承知で、覚悟の上で出ています。
今まで、メディアで扱われた例においても、「ここは事実で、ここは嘘です」などど、逐一説明していては、そもそも、では、真実しか伝えてはいけないのか、ということになりますし、その媒体の趣旨もあり・・・と、キリのないことですので、いちいちそれに触れることはしませんでした。
ですが、今回については、明らかに私の思想や、公演の内容とは異なるものであり、公演の前に、公演情報と共にこうゆう誤った報道をされてしまったことについては、それを否定しないわけにはいきません。
そう判断したため、ここに書かせて頂く、という次第です。

上記した、記事の一文にある言葉、―「身障者と呼ばれる人々も性に対する欲望はあるんです」― これこそ、差別そのものです。
この言葉は、「障害者にはセックスをする権利がない」、「障害者とセックスは結びつかない」というような考えを前提にした上での、否定。つまりは、自らの差別感情に気付いていない人間の、「差別からくる偽善」の言葉であり、「私は差別なんかしてませんよ」という、自己肯定のアピールからくる言葉だと思います。実際に、こうゆう健常者は多いです。
しかし、私は、このような発言は、死んでもしませんし、このような思想の持ち主ではありません。
そして、今回の公演「恋人が障害者」においても、そのような思想を元にした表現は、一切しません。
それを、強く主張します。

今回の公演に関わらず、私が発するすべての創作物において、事前に「説明」や「解説」になるようなことを、私が自ら語ることは、受け取り手の思想の妨げになるので、なるべくしないようにしようとは思っていますが、
少なくとも、誤解を招くようなことについては、事前に「そうではない」ということだけは、掲示しておくべきと思うので、書きます。

私は、今回の公演で、「障害者だってセックスしたいんですよ〜」とか、「障害者だって同じ人間なんですよ〜」なんてことを主張するようなことは、毛頭やるつもりはありませんし、
また、「差別することはいけないことですよ〜」というようなことも、やりません。
少女単体は、そもそも、作品や舞台において、「メッセージ」や「訴えたい事」の要素は、ありません。そんなものは、やる必要がないという考えを持っています。
「障害者の性」についても、今回は、それをフィーチャーこそしますが、それが「目的」ではない、ということは、ハッキリ断っておきます。

私は、自分は、とても差別的な人間だと自覚しています。
ハッキリ書きますが、私は、障害者が苦手です。
ですが、その差別を肯定するようなことや、偽善で差別を否定するようなことは、しません。
また、「それが現実なのよ、思い知った?」なんてこともやりません。それをやるのは、不毛です。
そして、障害者を擁護したり、美化したり、障害者の人権を訴えたりなんてことも、一切やるつもりはありません。
多くの健常者は、障害者に対して、「可哀相」という感情を抱きますが、私は、障害者を少しも可哀相とは思いません。
そんなことは、大きなお世話だと思うのです。
人にはそれぞれ、その人の生き方というものがあるのであって、他人がそれを自分と比較して「可哀相」などと言うのは、余計なことです。
そんな人は、テメーでテメーのケツも拭けない人間だと思います。
ですが、障害者が、身体的に不自由な思いをしていることは、紛れもない事実で、そのことから、社会的弱者と扱われていることは、事実です。
また、それと平行し、自身の弱者たる立場を利用して、ほくそ笑む障害者がいることも、事実です。

今回、「恋人が障害者」でやりたいことは、「障害者が出演者になろうなんて、100年早い」。これです。
同じ差別でも、思想と、創造の「出発点」が、上記にて私が否定したものとは、明らかに違いますので、誤解のないように。
(―でも、「誤解」というのも、厳密には、正しい言い方ではありません。創作者の思想・意図などが、確実に受け取り手と合致するものなど、ありえませんから。そもそも、表現は、すべてにおいて、誤解だらけですし、私は、表現者が表現の自由を遂行する以上、それを受け取る者も、同じように、どう捕らえるかは自由である、という考えをもっています。しかし、同時に、創造した側として「こうゆう誤解だけは避けたい」という気持ちがあるのも事実です。そのため、今回、このように書きました。―)
今は、それ以上は、言えません。
あとは、実際にご覧になって下さい。それだけです。
出発地点は「障害者が出演者になろうなんて、100年早い」ですが、どの道を経て、どう着地するのかは、本番開けてみないと、わかりません。
少女単体は、そうゆうことをやっています。
ヨロシク。

また、今回の「サンケイスポーツ」の掲載について、この記事のライターの方には、大変お世話になり、良くして頂きました。
私が否定した一文は、恐らく、ライターさんが良かれと思って、書いたことなのだろうと思います。
社会において、「障害者の性をオープンにするのはタブー」という風潮があるのはまだまだ拭い去れない事実であり、その風潮を考えた上で、このように書いたのでは、と思います。
または、私の説明を誤解して受け取ってしまったということも考えられます。
そうであるとすれば、自分の説明不足と伝達力不足を不甲斐なく思います。
ただ、どのメディアからも、「障害者はイメージが暗いので、扱えない」、「障害者はいいけど、障害者と万人受けしない表現がセットになってるのは、ダメ」と、扱いを断られる中、このように記事にして取り扱って頂いたことには事実であり、多大なご高配を頂いたことには、大変感謝しております。
ですが、上記した一文だけは否定させて下さい、ということです。

以上、よろしくお願いします。

12/5
このボディブロー、今現在は、次回公演制作ブログ、『恋人が障害者』までの道のり、と内容が被りつつあるので、公演が終るまでは、このブログをボディーブローの代わりにしようかな、と思ってます。
まあ、代わりといっても、趣旨はちょっと違うんだけどね。
だから、公演までに、こっちで書きたいことが出てきたら、こっちも更新するかもしれないけど。
まあ、今はちょっと、時間がなくて、ボディブローまで気が回らないってのが本音だね。
ブログは毎日更新してるので、そちらをチェックしてくれ!

あと、ただいま、メールマガジンで秘密の情報発信中だぞ!まだ登録してないけど、気になって仕方ない人は、今すぐ登録してね!

あと、↓の、「「恋人が障害者」チラシ問題」は、現段階では、ひとまず、オレと「Next」の間で起きた、ことの経緯だけ書いてあります。
オイラの「まとめ意見」と、例のアンケートへの「個人的なコメント」は、後日書きます。
とりあえず、長文なので、みんなも、ボチボチ読んでおいてくれ。でも、必読だからね!長いけど、全部読んでくれ、頼む!
これでも、端折ったんだけどなぁ。
必読!■少女単体 第5回公演「恋人が障害者」チラシ問題■

あと、参考までに、ブログの↓この記事をリンクしておきます。
ここも、合わせて読んで欲しい。頼むね。
12/5付■「恋人が障害者」のチラシは、なぜ拒否されるのか■
あ、あと!このサイト、リンクフリーにすることにしました。誰も守ってくれないからね。

11/6
パンクは瞬間。
のちにそれが時代になる。
自分が時代の内側にいてはいけない。

10/17
いじめによる自殺、というニュースが相次ぐ。
クソッタレだ。
12歳、13歳。もったいないよ!腐ったバカ野郎共のせいで、死んでしまうんじゃないよ!
オレは自殺を一切肯定しない。
自殺は、サイテーだ。
ただ、この年齢の人間にとって、社会というのは、イコール学校である。もしくは、家庭。
そして、まだ、人生において、学校、家庭という社会しか知らない子供がほとんどであるのだから、その場所で自分を否定されたら、生きる気力を失って当然である。
加えて、子供は、「逃げる」、「諦める」、「割り切る」、という、大人が簡単に使える術を、まだ知らない(人がほとんど)。
というより、逃げる場所が、物理的に、ないのだ。
大人であれば、お金を使って遠くへ行ったり、自分一人の意思でもって環境を変えることができるが、子供は、大人の許可の下に行動しなければいけない身分である以上、難しい。
傷を受けて、一人で「自殺」という道を選択し、それを実行してしまった子供の気持ちは、計り知れない。
怒りが収まらない。

特に、福岡の事件。
新聞やテレビニュースで見たところ、担任の教師がいじめていた、とのこと。
47歳、男。
自殺した男の子の母親が、過去、この教師に相談事をしたら、その内容を、こともあろうか、他の生徒にバラし、それが原因で、他の生徒もいじめをするようになったそうだ。
この教師、最低だ。
お母さんは、このクソ教師を信用して相談事をしたわけだろう。
それを他人にバラす?
信用も何も、あったものじゃない。人間として、最低。人の気持ちを考えた事がないのか、こいつ。というより、自分が人を傷つけることをしている、ということにさえも気付かないんだろうな。
47歳?7歳の間違えじゃないのか、この男。
この年まで、こんなクソみたいな性格の奴は、今まで人の気持ちを読めずに育ってきてしまったのだろうから、男の子が死んだところで、急に改心もできないであろう。
「一生かけて償います」ってコメントしてたけど、男の子はもう死んでしまっているんだよ。何言ってやがるんだ。謝ったところで、もう遅いんだよ!
あと、この学校の校長な。
「この教師の発言がいじめの誘因にはなったけど、直接的な原因じゃありません」って、お前は馬鹿か。
言ってることが、むちゃくちゃもいいところ。誘因は原因だろうが。頭が悪すぎる。
ああ、腹が立ってしょうがない。
こんなクソ野郎共に傷つけられて、死ぬなんて。もったいない!本当に、もったいない!
さっきも書いたが、オレは、自殺を美化しないし、自殺は最低だと思っている。
やられたまま死ぬんじゃないよ!チクショーめ!

このページを10代のガキが読んでいるかどうかはわからないけど、学校に通う子供たちね、大人には期待するな。
「大人」なんていうものは、幻想にすぎない。
あとな、残念だけど、「親」も、「親」のフリをしているだけなんだ。
みんな、無駄に生きて、「何か」になったつもりでいるんだ。
自分が「何か」でいなければ、不安だからだよ。
みんな、化けの皮かぶってるだけだよ。
大人に傷つけられると、未来を失ってしまうよな。
なんで、こんな汚い世の中に生まれてきちゃったんだろう、と思うよな。
なにこれ、こんなことが死ぬまで続くの?って思うよな。
だけど、残念だけど、この世界は、きっと、これからも何も変わらないと思うんだ。
現実をみろ、なんて、とても言えないよな。
ただ、本当に、自殺はいかん。
死んで、何になるんだよ。
思い知らせたつもりでも、周りはそんなに賢くないんだよ。みんな、そんなに考えてはくれないよ。すぐに忘れてしまう。そんで、また同じ事を繰り返す。
酷だけど、死んだって、無駄なんだ。
それに、死んでしまったら、死んでしまった後のことを、自分自身で確かめることはできないんだぜ。

死ぬくらいなら、戦え。
戦う気力も失って、自殺か?オレは認めないぜ。
戦うってのは、誰かを殺したり、傷つけたりすることを言うんじゃないからね。
許せないことを、許せない、と現すことをいうんだよ。自殺が表現なんて、バカなことを言うんじゃないぜ。表現は、生きてするものだ。
もう、生まれてしまったのだから、生きることをなんとかするしかないだろう。
生きるのも、死ぬのも、少しも美しくない。どちらも、無意味。でも、しょうがないんだ。
こうゆう事件があると、すぐにマスコミが飛びつくんで、また連鎖反応が起きるんじゃないかと案じている。そう思うと、腹が立つ。
マスコミを信じるな。あんなもんに左右されてはいかんよ。あいつらは、人を利用して、騒ぐだけ騒いで、飽きたら終了。何の責任も取らんからね。
自殺を悲劇として扱うのは、やめろ。娯楽じゃねぇんだよ。
自殺は美しくも、可哀相でもない。迷惑なだけだ。
死んでも、周りはおもしろおかしくしか扱ってくれない。所詮、他人事。
とにかく、もうね、マジ限界がきて、誰にも言えなくて苦しかったら、とりあえず、オレにメールしてきな。アドレスはコレ、syojotantai@hotmail.comね。
電話番号は、090−6613−7551。
オレは夜回りの水谷先生みたいに優しくもないし、賢くもないので、気の利いたことは言えないが、なんかもう、むしゃくしゃすんだよ。
どーにかならないか、一緒に考えよう。
まあ、「少女単体」なんかやってるオレがこんなことを言い出したところで、なんも説得力ないけども。
どーせ、ネタだろ、と思われてもしょうがないけども。
ただ、オレは、少なくとも、真剣に相談してきた相手をちゃかしたり、その内容を誰かに喋ったりする人間ではないことは確かだ。
ちなみに、ヘルプメール送っていいのは、子供(20歳未満)限定な。
大人は、自分の力でなんとかしろ。