ボディーブローな過去
2006年3月
3/29
引っ越したい。
もう、東京はやだよ・・・。
こっちへ来て3年が経ったが、体がどんどんボロになっていく。
この人口密度、空気の悪さ、水の汚さに、もう耐えられない。
妙な発作が出るようになったのも、こっちへ来てからだ。
別に東京のすべてが嫌いなわけではない。
好きなところもたくさんある。
特に、このダサさ、インチキさ、勘違いさは、世界に誇る東京の魅力である。
劣等感が生んだ都市、東京。
ダサい連中が寄り集まるのも無理はない。
オレもその一人だ。
そりゃあ、居心地がいいはず。
でも、この空気と水が、どうしてもダメ。
それに、やっぱり、オレは死に場所として東京を選びたくないのだ。
こんなところで埋れて死ぬのは嫌だ。
モヘアは元気にしているだろうか。
モヘアを抱っこしたい。
かわいいモヘア。
動物はみんなかわいいが、その中でも、モヘアは飛びぬけてかわいい。
そんなかわいいモヘアは、ほとんどを家の中で過ごしている。
本当は、こんなところで人間に可愛がられて生きるなんて、まっぴらごめんなのかもしれない。
野良でもいいから、好きなように暮らしたいのかもしれない。
車にひかれてもいいから、自由に走り回りたいのかもしれない。
愚かな人間のせいで、たくさんの動物が不当な目に合いながら生きている。
善も悪もなく、自然に生まれて、自然に殺生をし、自然に死んでいく秩序を、我々が偉そうに狂わせる理由は・・・
もう、脳味噌とか、もう、いいよ。
知りたいとか欲しいとか誉められたいとか認められたいとか勝ちたいとか苛めたいとか苛められたいとか、もういいよ。
長生き長生き。何がだよ。
モヘアは6歳。
モヘアには長生きして欲しい。
オイラより先に逝かないで欲しい。
そう思うから家に閉じ込めているのか・・・
なんてこった。
長生きなんかクソ食らえだよねぇ、モヘア。
3/17
「ビニール傘を盗む事は、盗みではない」という価値観を持っている。
そこいらに置いてあったら、勝手に使ってしまえばいいのだ。
躊躇することはない。
盗んだビニール傘は、また盗まれるという運命にあるのだ。
誰かに盗まれ、その誰かもまた誰かに盗まれ・・・知らない者から知らない者へ。
そういったリサイクルの輪を作るのがビニール傘の役目だと思っている。
たった数百円で、年中傘に困らない。なんて合理的なのだ。
オレは、例え、店から出たときに自分の差してきたビニール傘がなくなっていたとしても、少しも怒らない。
オレも他のビニール傘を拝借し、平然と差して帰る。
リサイクルとは、こうゆうことだと思っている。
ポリシーは、「ビニール以外の傘は盗まない」ということである。
本気にしないように。
本当は、PSE法への疑問について書くつもりだった。
3/12
食べている最中に、死にたくなるのはなんでだろう。
特に、人と食事をしているとき、「ああ、明日死のう」と思ってしまう。
口には出さないが。
なんでこうも、自分は生きることに順応していないのか。
一度でいいから、猫とか鳥とか魚とか植物とかになってみたい。
飼われるのと、食われるのはナシで。
3/1
―「ダメ、ゼッタイが過ぎて」 最終回 〜ファイナル・カット〜―
3月は1年で一番苦手な月である。
またこの季節がやってきたのか。いやだな。
とりあえず、当面、やることがあるので、そちらに集中せねばいけない時期に入った。
クズクズしていたら、いつまでたっても終わらない。
ちゃんと手をつけよう。
もちろん、少女単体の行く末も考えてはいる。
とにかく、最低なことをやり始めてしまったのだから、それを続けるということが大事なのだと思う。
少しも成長してはいけないし、決して、慣れてはいけない。
むしろ、どんどん離れていかねばならないし、どんどんレベルを落とすべきなのだ。
例え辛くても、そうでなければいけないのだと、心が固まった。
さて、「ロミジュリ」から1ヶ月が過ぎた。
この1ヶ月間は、落ち込むだけ落ち込んだ。
密かに、メルマガ限定でお客さんからアンケートを取ったり、ちょこちょこと感想を頂いたりもしたので、それも含めて色々考えた。
自分対観客の間で、心が揺れた。
でも、やはり、オレが出した答えは、「オレが客に近づいてはいけない」ということだった。
「アウェイ」でこそ、少女単体であるはずなのだ。
それが本来あるべき姿であって、それでしか成し得ないのである。
それなのに、オレは何をやっていたのか。
今更ながら、「ロミジュリ」でのオレは、サイテーだったと思う。
「ロミオとジュリエット」は、少女単体の不作である。
オレが言い切る。
というわけで、この上演について、「DVDで観たい」とか、「映像にまとめてくれ」という暖かいご意見も頂きましたが(どうもありがとう)、やはり、これは、一切、映像の形に残さない事に決定しました。
都合上、公開できなかった映像も多々あったし、上映中の音声事故などもあったので、もう一度、ちゃんとした形にまとめて蹴りをつけたいという思いもあったのですが、
やはり、最終的に、形にして世に出すという事に納得がいかず、そうゆうものであるのなら、例え一人の観客が望んだとしても、出せない、という結論に至りました。
あの作品のファイナル・カットは、「瞳をとじて」。
それでいい。
と言うより、実はそれ以前の問題で、私自身が、もう、これを見たくないのです。
もう、思い出すのも嫌。
我慢してまで、やりたくないことをやるのは、もう、こりごり。
よって、これにて、「ロミオとジュリエット」は、永久に封印します。
さよーならー。
やっぱ、やりたいことを好き勝手にザクっとやって、バサっと消えるのがいいね。
次は絶対に、美味い旅に出られるようにしよう。
そうゆうわけで、「ダメ、ゼッタイ」のテーマは終了。
次からは違うことを書きます。