ボディーブローな過去
2005年11月
11/25
ここ連日、新聞やニュースを見るのが耐えられない。
見なきゃいい、わけはない。

狂ってるね、もう。
外に出るのも怖いじゃないか。
もっと増えるね、引きこもり人口。間違いなく。
んで、そのせいでもっと凶悪なことが増えるね。悪循環。
オレやオレみたいな人間が生きてるせいで、犯罪や争いは終わらないし、どうせこの先も、「自分は死なない」「自分は正しい」と言いながら、図々しく生き長らえるのであろうよ。
みっともないよ。目が当てられない。何も正しくはないのだと誰か言ってしまってくれ。
もう生きているのが嫌です。でも生きていたいんです。
どうしたらいいですか。どうしたら。

11/18
久しぶりに電車に乗る。
学校帰りの小学生に囲まれる。
女子4人、男子2人のグループ構成。私服にランドセルスタイル。女子は背ぇ高いね、今の子。男子はデブとチビ。定番。
さて、この連中の会話、むちゃくちゃ面白かったんだけど、内容が意味不明なばっかりに、少しも思い出せない。
唯一思い出せる単語は、
「カルボナーラと牛丼」。
なんの会話の途中に出てきたかは忘れた。
しかも、それが出てくる話自体は特に面白くなくて、私は別の話の方がすごく面白かったんだけど、残念ながら覚えているのはこの言葉だけ。

そうそ、このグループの中に、一人、漫画に出てきそうなくらいの「まじめ君」な男子がいて、
「戦国時代の将軍で例えるとー」
とか、「携帯電話は進化していて、なんとかなんとかとなんとかなんとか、」とか、何かにつけて博学ぶりを発揮していた。
もちろん、本人は、自分が「まじめ君である」ということに気付いていないので、至って普通に話しているわけだが。
それに、周りの仲間たちも、その子が「まじめ君」だという認識がゼロなので、興味なさそうといえども普通にそいつの話を聞いている。

思ったのは、こうゆう子って、演劇やってる人に真似されやすいタイプなのよね。
「よくいるでしょ、ああゆう感じでやって」の対象に出されちゃうのよね。
いつから人間、人をキャラクターとしてみるようになるのかね。
別にそれが悪いわけではないけど。
実際、中には自分をキャラクター化させることによって救われる人もいるし。
でも、なんかねぇ。
それは本人が困った際の解消法のひとつでいいんだよなぁ。
他人がわざわざ色眼鏡かけてやるのはお節介ってもんだろ。
だいたい、気付かないうちが魅力的なのよ。
気付いてしまったら、おしまい。
「ああ…、オイラって、まじめ君キャラだったのか、そうだったのか」
その日から変わってしまうのさ、何か少し。
どうか、彼をまじめくんキャラと定めないで欲しい。
まじめ君の魅力を奪わないで頂きたい。
まあ、誰も彼を「まじめ君」だなんて思ってなくて、思ってるのはオレだけかもしれんが。

何が言いたかったってゆーと、よく演劇の人って、街での会話をパクって台本立てたり、その関係性を観察したり、ネタのない人の場合は実体験を元に…な人が多い(というか、よく見る)んだけど、
オイラはそーゆーのイマイチ。
日常の複製はみたくない。
んなもんを引っ張り出してテメェの世界観をくれてやってたところで、こちとら、受け取れないってもんで。
たいだい、現実なんかみたくもないもんでオイラはコレやってるんでね。
まーいいや。これはボクチンの好き嫌いの問題。
オイラはトべるもんじゃなきゃ、ダメ。
日常は日常であって欲しい。
それ以上はいらない。

11/8
一人になりたいことを、愛が消えたことだと誤解してんじゃねーよ。
ウザすぎる。
家に帰ってきたら誰かがいるだなんて、冗談じゃない。
オイラは誰ともつるみたくないんだよ。
誰にも心を開くつもりはない。
それがどーしたというんだ。

11/1
新内閣。
色々言いたい事はあるが、言わない。
あの時も、オイラ、何も言わなかった。
言うべきじゃないと思ったんだ。
でも、言った方が良いときもあるんだね。
わかったよ。わかったよ。