ボディーブローな過去
2004年11月

11/29
Jimiの誕生日を祝い、セッションをした。
ブルーズは力強くて、優しい。
彼の体はあったかかった。
このまま蒸発して、消えてしまいたかった。

11/24
マスコミが大嫌いなのだが、オレは今、そんなマスコミに手を貸している。
演劇もマスコミといえばそうなのだが、現代に於いての演劇のマスメディア要素はほぼ無いに等しいものだと思われる。
というわけで、現代での演劇は芸術として扱われて間違いないであろう。
何が気に入らないって、他のマスコミな。
特にテレビな。
あいつらよ、自分の身は安全なままで、可哀想な素人を画面に映して大衆に晒してよ、そんで自分はお腹いっぱいかよ。
卑怯な奴らめ。
本当に汚い。
お前らなんか、乞食からメシをふんだくって生きのびてんだぜ。
そうゆう自覚あんのかよ。
正気で畳の上で死ぬるとでも思ってんのか。
お前らなんかより、乞食の方がよっぽど覚悟決めて生きてるじゃねーか。
バカなディレクターな、テメーのバカ面を画面にのせてみろ。
本当によ。

11/19
芸術に理解を求める奴が、バカとしか思えない。
芸術は、わかる、わからないの範囲外にこそ存在するものだと信じている。
理解を求めるということは、つまり先入観を持つということではなかろうか。
オレはジミの音楽を愛している。
こそに「理解」などという邪心はない。
ただ、ジミを愛しているという事実があるだけだ。

言いたいことは、
最近、新しいヘッドフォンを買ったので、BBCのセッションばかり聴いているよ。最高!隣にジミがいるみたい!ナイスマスタリング!
あの世にいったら、何より先にジミのライブをみるんだい!ああ、ダーリン、どうして私を残していってしまったの?あなたのいない世界なんてないのも同じよ。
ああ、ジミ―、会いたいわ。大好きよ。あいしているわ。クレイジーなの。あなたがいれば何もいらない。はあー、骨抜き。
ということです。

11/16
父親が夢に出てきた。
死ぬ直前の父親だった。
凍るような朝。
静寂しかない世界。
すべての音が消える瞬間。
あの朝が、蘇っている。
ベッドに死人の顔をした父がいる。
よく見ると、目を開いてこっちを見ている。
近付くと、私の顔を見上げ、あやはお母さんに似てきた、と言って微笑んだ。
真っ白な視界に、父の目だけが浮かんでいる。
お父さん、と言いかけた瞬間、夢が覚めた。
滂沱した。
なぜ、人は死ぬのか。
なぜ、私はここでこうしているのか。
なぜ、自分は誰かを愛せないのか。
なぜ、すべての生き物が幸せになれないのか。
無力に世界平和を願う。
そして、自分はまだ汚れてはいないのだ、と確認し、安堵に浸る。
直後に、自己嫌悪の波が来る。
再三苦しんだ後、結局、最後は自分のことを考える。
すぐに現実に引き戻され、今日の予定が頭になぞられる。
お決まりのパターンだ。
また繰り返す。
私は苦しみたいのだ。
まだ眠たかったが、眠ったら死ぬような気がした。
そんなわけはないのだが。

11/11
テレビをみるのが嫌だ。
個人対個人の間でズレが生じる以上、戦争はなくならない。
どうしてあんなことになってしまったのか。
オイラは真剣だっただけなんだ。
この世に必要な芸術など、本当は何もないんじゃないか。
もう、ロックもパンクもブルースも聴きたくない。
ちぎれそうだ。
麻薬の中にしか自分を見つけられない。

11/6
「お父さんが欲しい。」
というのが、最近の口癖。
恋人はいらないから、よき理解者が欲しい。
んでも、実際の父親には、何一つわかってもらえなかったなぁ。
オイラも、お父さんのこと、何も知らないままだ。
まあ、そんなもんだよな。
ないものねだりだ。
解り合えるわけはない。

11/1
恨むことができれば楽だと思う。
オイラは苦しい方へいく。
わざと、自分で、進んで。
すべてはネタだ。
嫌われればいい。
人生なんか、どうなってもいい。
痛みが脂肪になる。
このまま、体に蔓延ってくれ。
いつまでも、長く、ゆるく、しつこく。