Body blow days ボディーブローな日々
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ボディーブローな過去

2007年11月5日付
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少し前のニュースですが。
「マドンナ、レコード会社を捨てる」(Teach Crunchより転載。)

これ、ブログで書こうかもと思ってたんだけど、趣旨がこっち向きだし、書き出すと長いんだろーで、こっちに書いておきます。
↑のリンク先の記事がブログ形式で書かれているので、本当はブログで書いた方がいいんだろーけど・・・オイラはネットの常識を無視してるなぁ・・・。

んで、このニュースね。
ミュージシャンが次々とレコード会社から離れてますよ、あのマドンナちゃんもだよ、ってなニュース。
その波を受けて、ゆくゆくはレコード会社そのものがなくなって、従来の音楽業界の商業ベースが崩れるんじゃないの?ってなことなんだけど。
とても良い傾向だと思いますね。
さっさとなくなっちゃって下さい、レコード会社なんて。
ついでに、JASRACもなくなってくんねーかなー。
こうゆうスキマ産業、ほんまね、音楽だけじゃなくてね、一生懸命ものづくりをしている人たち抱えて、タダ飯食ってる連中ね、さっさと消えて欲しい。
少女単体の問題で言うと、「Next」さんとかね。(詳しくはこちらを読んでね)。
こうゆうスキマ産業、こぞって消えて欲しいね。
少女単体は「Next」の崩壊を切望しています。時間の問題と思いますが、さっさと消えて下さい。
まあ、Nextだけじゃなくてね、演劇雑誌とか、他にもね、言いたい事を上げればキリがない奴らがいっぱいいるわけだが・・・。
こんなもんが蔓延ってるから、演劇業界はいつまでたってもダメなんだよ。
(今更ですが、Nextについての問題で、「ボロクソに書いてくれてスッキリしました」などのメールや、賛同のようなご意見を下さった方が割と居たので、みんな考えていることは似ているんだなーと、ちょっとホッとしたりもしました。)

音楽や映像など、デジタルに出来るものは、今はパソコンやゲーム機からダウンロードできるんでしょう?
オイラはしたことないけど・・・音楽にいたっては、デジタル音大嫌いだし、圧縮したのなんかさらに音が悪いからね、そうゆうのを聴こうとは思わないし、また、どこにも出かけずに誰とも合わない状態で得られる娯楽が良いといえるのかという根本的な疑問もあるけど・・・
でも、発信と受信におけるスタイルというか、配信方法だけは、すごくいいと思ってる。
無料や低価格で、どんどん音楽その他の娯楽が手に入れられるなら、どんどんやればいいと思う。(他人の創ったものを無断で配信するのはダメよ!当たり前ですが。)
んで、その中で、自分で選んで気に入ったものだけ、買えばいいと思う。
プロ(レコード会社やプロモーション会社等に所属してそれでメシ食ってる人の意味で使用します。能力を指してはいません。)でなくても、
誰でも、自分の作品を自由に世界へ配信できるなら、そんないいことはない。
それに、素人の作品が、今、すごく面白いしね。
予算がない分、工夫してあるし、何しろ、それに向かうパワーが面白い。
ほんとに好きでないとやれないし、この「好き」ってのが一番大事だし、観ている方も面白いのだ。発火点が純粋で良いよ。
そもそも、表現を発信するのはプロだけのものっていう傾向―プロいう立場以外の人々が表現する場が著しく乏しく、プロ以外はみんな観衆みたいに位置付けされていた環境―の方が狂っていたと思います。
プロ・アマなんて言葉もなくなるくらいになればいい。
んな境界線はいらんです。
マスコミやプロモーターがプッシュしているものが世間で人気があるんですよ、なんて洗脳は、もう、いい加減うっとーしいだけでしょ。
プロさんも、そんなことで自身に優越感とか立場とかを確立させるのは、虚しいでしょ。んで、虚しさの中に酔いしれるのも滑稽でしょ。
どんな人でも自由に配信すれば良いし、どんどん、たくさん色んな作品が出て来る中で、受け取り手が自分自身で気に入ったものを好きに選べば良い。
人がいいって言ったものでしかいいと思えないなんて、つまらんですよ。
んなもん、どーでもいいじゃないか。
作品は創り手配信でいいと思う。仲介屋なんて要らないよ。
そーすりゃ、本当に誰が人気があるのか、どれが売れてるのか、なんて、おのずとわかってくるでしょ。
誰の工作も受けず、自然流れでの大衆的人気ってものがあればそれでいいんじゃないか?人気なんて不確かなもんは。

少女単体は、もう「チラシ」っていう媒体を取らないようにしようかと思ってるし、チラシはチラシで、それなりに業界にパンチを食らわしてきたつもりでいるので、もう、それでいい。
これからは同じ事をやろうとは思っていない。
予算の無駄、資源の無駄、労力の無駄。
んなことやるくらいなら、他に力を入れた方がいいのでね。
何か別の方法でやろうと思ってるし、少女単体自体の配信方法を変えていこうと、今は思っている。
演劇なんか、みんな、高いお金払って、わざわざ指定の時間に足運んで、しかも行った先で窮屈な思いして観たくはないだろう。
私は、嫌だ。
客にそうゆう思いをさせるのなら、それなりのことをしなければいけない。
それは、デジタルや家に居ながらでは、絶対に得られないものを与えるっちゅーこと。
それに関しては、少女単体は間違ったことはしてきていないと、オイラははっきりと言える。
人に受ける・受けないということではなくてね。
もちろん、公演や活動については、試行錯誤の連続であったし、自分で甘かった点や、反省すべき点は多々あったが、そうゆう問題ではなくて、スピリットの問題。
それは、これからも当分変わらないと思う。
ただ、やり方や内容は変えていくつもり。
変えていくつもり、と、現段階では思っている。
それがなかなか上手くまとまらないので、待たせてしまっている状態だが・・・。
とりあえず、今までやってきた「少女単体」は、オレの中では、一つの区切りがついている。
あ、でも、誤解のないように。
今後「変えていく」と言っても、世間から観て、新しいことをやるっちゅー意味ではないからね。あくまで、少女単体を変えるってーだけです。誤解しないように。
少し、今思っていることを具体的に書くと・・・、オイラは、「新しいこと」は目指していない。
というか、色んなものを知れば知るほど、「新しいものは、もう要らない」という結論しか出ないのです。(今は)
それよりも、もっと素直で、普遍的で、矛盾していて、ハマってないものをやりたい。
「新しさ」なんつーのは、実は呪縛でしかなく、それ自体が先入観だと思うようになったからの。

最後に、才能や能力なんてーのは、誰にでもあります。
芸能人とか、スポーツ選手とか、芸術家とか?そんなもんを才能の持ち主・能力者とすることが、そもそも間違っておるですよ。
んなもん、凄くもなきゃ、偉くもないです。んな先入観は捨てた方が良いです。
別に、人間そんなに大して変わらないので、それぞれが自分を活かせることをやったらいいんす。
それは別に何かをつくったり、人に観てもらったりすることじゃなくていいわけです。
んでもって、誰でも、知らない誰かから認められる傾向に社会が向けばいいな、と最近は思っております。
そーすれば、幾分か生きやすい世の中になるだろうし、文化や娯楽ってのもどんどん発展すると思っております。



・・・・・・と、まあ・・・、んな理想を書いてはみたが、本題に戻して冷静にコメントしますと、レコード会社崩壊のあおりで、音楽業界、ひょっとしたらデジタルに作品を移行することのできる業界の経営モデルは崩れるとしても、資本主義自体は何ら変わらないので、結局のところ、コスト低くてお金儲けれるものが一般的に多くのシェアを占めてしまうことに変わりはないでしょう。
それどころか、デジタルになったことによって、それがどんどん加速するでしょう。
よって、今後、つまんねーもんばっか増えること間違いなしでしょう。
そして、それを受け取る側の観る目もどんどん衰えることでしょう。
逆に、プロモ会社の買収、金儲けのためのプッシュなんつーのは、今よりもっと酷くなるでしょう。

んで、丹精こめて熟成型のものや、自分の本来の姿をちゃんと出しているもの、真の意味での才能というものは、結局は売れずにひっそりと消えていってしまうことになるのでしょう。
はい、終了。

ま、世間には、以前と変わらず、何も期待しとりません。
オイラはテメーでやるだけです。